ありがとう屋台村!2020年末閉村した屋台村の思い出を全力で振り返る。

どうも、僕です◯┐

 

もう昔の話になった2020年。

新型コロナウイルスという未知の病気が流行って大混乱なんて誰が想像できたでしょうか。

未曾有の1年の終わりとともに、灯りを消した場所があります。

かごっまふるさと屋台村

であります。

2012年にオープンし、2020年末をもって閉村となりました。

そう、僕らの屋台村はもうないのです。

 

ということで、未練たらたらといろいろご紹介します。

カゴシマニアックスの記事で振り返る屋台村

このブログの記事でも何度も紹介しました。

まずはこれ。

ぶえんもゆかりのづけ丼。

この記事を見て食べにいってくれた人もたくさんいると聞きました。

そして、維新館の豚味噌おにぎり。

鰹節をたっぷり載せるのが美味かった。

八木男のトンカツ。

ランチも美味かった。

鹿児島県産豚しゃぶ。

こんなものが当たり前に食べられたのです。

籠ノ島さんの鰻も好きでしたねえ。

夏に「おにぎりとそうめんだけたべたい」とTwitterにつぶやいたらまさかのメニュー化もしてくれました。

定期的にお店の入れ替えがあったのも悲喜こもごもありつつ新鮮でした。

この新陳代謝が屋台村が9年間愛され続けたゆえんでもありそうです。

 

僕の屋台村エピソード3選

さて、9年間そこそこの頻度で行ってたので、それなりに色んな思い出があります。

(霧島市)牧園の同級生と「おとなになって市内で飲むことになるとはね」とか言い合ったり、失敗して泣いている友達も見たし、県外の知り合いもいっぱい来てくれました。

ここで出会った人もたくさんいます。

 

そんな中から、僕が特に思い出に残っている3つのエピソードを披露します。

これは一生語り継いでいきます。

僕がじいさんになったら「おじいちゃんがまた同じこと言ってる」となるエピソードたちです。

1・同い年300人と飲んだ昼

「かごしま5960祭」という、昭和59−60年生まれの同い年たちを集めて屋台村貸し切りのイベントをやりました。我々が30歳の年。もう6年も前になります。

300人きました。

写真を見ると「もうこんなに密集するイベントはできないのだろうか」と寂しい気持ちになりますが、いつかまたやってやりたいという思いは持っています。

ここで一緒に運営をした友人たちとも相変わらず付き合いは続いています。

これをやったことにより、屋台村でもちょっと一目置いてもらえるようになったような気がします。

 

2・ユナイテッド降格に涙した夜

屋台村のぶえんもゆかりさんは鹿児島ユナイテッドFCの選手も訪れるお店で、県外のアウェーサポーターの皆さんも足を運んでくれる場所でした。

2019年にユナイテッドがJ3降格を決めた夜、福岡に応援に行った帰りに寄ると、悔しがる人たちで溢れていました。

いつかまたJ2に。

 

3・南海キャンディーズ山里さんと飲んだ夜


2018年に南キャンの山ちゃん、山里亮太さんと飲みました。

「矢井田瞳さんと大学で一緒だったのはガチなんですか」

という質問をするくらいは喋りました。

テレビで山里さんを見るたびに「ぐふふ」と見ています。

屋台村最後の夜に食べたものたち、会った人たち

そして迎えた2020年大晦日。

本来であれば、みんなでウェイウェイする最高の夜になるはずでしたが。

それでも、僕が知っているかつての屋台村のような雰囲気は漂っていました。

色々食べるべきものはあったのですが、少しだけ色々食べて密やかに屋台村の最後を見届けました。

鹿児島の陸の玄関口鹿児島中央駅のどまん前にある屋台村。

鹿児島に来てくれた人をとりあえず連れて行って「鹿児島はウマいものがたくさんあるのな」と思わせてもらいました。

鹿児島はメシだけはウマいという我々の誇りを守ってくれる場所でした。

やってきてくれた人に親切にしてくれる人も多かったです。

鹿児島はいい人が多いんだねと行ってもらえることもありました。

これはお店の人と鹿児島の人で作った空気感だったはずです。

 

観光客向けだけでなく、日々の「今日は飲みに行くか」に応えてくれる場所でもありました。

ここで生まれたドラマも数しれず、酔っ払ってめんどくさいことをしてる人もいたし、屋台村で出会って結婚した人もいると聞きます。

我々の日常を作る場所であったと思います。

 

コロナに関わらず閉村することははじめから決まっていたのでとやかく言うことはないでしょう。

感染者が出て苦しい思いをしたお店の人もたくさんいました、このタイミングでの閉村は本当にバッドタイミングだなと思います。

それでも時間は過ぎていきます。

何年かしたら「あれはあれでよかったのかもしれない」と思うこともあると思いますが、それはこれからのがんばりにかかっているはずです。

それは屋台村だけでなく色んなことで言えるでしょう。

 

色んな思いはありますが、本当にありがたい場所でした。

ひとまず、お疲れさまでした。

お店の皆さん、一緒に飲んでくれた皆さん、記事をみて行ってくれた皆さん、ありがとうございます。

 

屋台村を卒業して新店舗を出す、キッチンカーを作るという話も色々聞いています。

屋台村を好きだった皆さんはぜひ応援してほしいです。

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