東川隆太郎の「かごしま世間遺産探訪記」ーvol6.横井の無人販売所群ー

世間遺産にも世界遺産と同じように文化遺産・自然遺産・複合遺産との分け方がある。

ただ、圧倒的に文化遺産が多く、この点も世界遺産に似ている。

もちろん地球が生み出す妙もあるにはあるが、どちらかといえば人間の方が常にゆるくて「とんでもないもの」や「どうでもよさそうなもの」を生み出してきた。

ただ、ゆるくても「とんでもないもの」はある程度評価対象になる。しかし、「どうでもよさそうなもの」は、生み出した人間以外には価値がなかったり、評価されなかったりする場合が多い。

世間遺産の認定とは、それらを拾い上げる作業でもあると思って活動している。

「どうでもよさそうなもの」は決して役立たずではない。

それらをよくよく観察してみると、何かしら世の中の役に立ったり、人々を救っていたりしているのだ。

だからこそ、世の中に世間遺産として再浮上させることが必要と考えている。

「新しい評価」や「新しい見方」が世間遺産という社会活動を活発にしてくれると信じている。

 

そのような「新しい評価」で眺めると、奥が深くて魅力的に映るのが「無人販売所」である。

農作物生産地帯や交通量がある程度多い道路沿い、または駐車できる余裕のある車道脇といった条件の場所によく設置されているあれである。

料金支払いシステムは自動販売機よりもすこぶるゆるく、客の良心の上にのみ成立している無人販売所。

世間遺産認定という活動をするようになってからは、野菜の購入目的というよりも、無人販売所の形状や佇まいそのものを鑑賞し、記録や記憶を続けてきた。

無人販売所のほとんどが「簡易」や「容易」に建てられており、その度合いが増せば増すほど私の心をくすぐる。こうした無人マニアの私の心を高ぶらせてくれるのが、横井の無人販売所群である。

はめこみ式店舗:東川隆太郎撮影

まず、横井とは地名であり、鹿児島市街地と日置市伊集院の間を走る県道206号沿いの鹿児島市犬迫町にある。

江戸時代この道は出水筋と呼ばれ、参勤交代の行列も通行する主要街道でもあった。

例えば当時の人が朝鹿児島城下を出発すると、昼食の時間は横井くらいだよねーという距離感である。

それだけに当時の横井には茶屋が並び、「そば」や「かしわ煮」が名物であったという。

また、当時の主要街道だけに西郷隆盛や大久保利通、篤姫に小松帯刀といった幕末のオールスターたちも横井を通過して、全国に向かっている。

そのような歴史的背景に彩られた旧街道沿いに無人販売所は群生している。

鹿児島市街地近郊であり、周辺の台地は農産品の生産には非常に適している。

無人販売所が乱立するようになったのはこりゃもう必然だ。

それはまるで、横井無人商店街と呼べるかのような眺めである。

休業店舗と完売店舗揃い踏み:東川隆太郎撮影

実際に店舗数を確認してみると、今年の5月7日現在で鹿児島市街地側では、左側に14店舗、右側に8店舗あった。

それらをさらに細かく店舗規模で分類してみると、左側の大店舗が5、中店舗が8、小店舗が1.右側の大店舗が1、中店舗が3、小店舗が4であった。

また、明らかな空き店舗が左に2、右に2あり、販売所構造物が藪と一体化した状態のものもあった。

 

斜面を活かした店舗:東川隆太郎撮影

藪と一体化した空き店舗:東川隆太郎撮影

ちなみに、大店舗は人が雨露をしのげそうなくらいの規模、中店舗は人は入れないけど品物はそれなりに陳列できる規模、小店舗は品物を置くだけの規模を基準とした(僕規定)。

 

大店舗の連続は壮観:東川隆太郎撮影

そのなかでも「簡易」や「容易」でできているといった雰囲気の小店舗には、特に心を揺さぶられた。

陳列場の分かりにくさだけでなく、料金入れの不用心さ具合には、「簡易」の極みを感ぜずにはいられない。

無人販売所は何が置かれているかではなく、何も置けないのではとの不安材料で満たされているほうが面白いことにも気づかされた。

超簡易だけど営業形跡のある小店舗:東川隆太郎撮影

いろんな形態のものが群として楽しめる横井無人販売所群。

これからも無人販売所道楽を継続するぞという決意も込めて、世間遺産に認定した。

参考文献
鹿児島市史1  鹿児島市史編さん委員会

 

この記事はかごしま探検の会の東川隆太郎さんに寄稿いただき、カゴシマニアックス編集部で編集したものです。

かごしま探検の会ホームページはこちら

https://tankennokai.com/

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