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イベント

たこやき大学の「もやっと」する授業ノートを大公開!

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こんばんは。chan.です。

「もやっとする」ことを目的として行なわれると噂の一年に一回しかない講義「たこやき大学」に参加してみました。

もやっとすることや、わからないことは多々あったけれど、そういうことの方が、世の中多いのかなと思いました。

答えの無いものを求めるということはエネルギーもいるし、大変です。しかも、しても、しなくてもいい。でも「したら、なんかおもしろいじゃん。」っていう、一夜限りの共同体は確かにできていたなと思いました。

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12月4日(金)の18時過ぎ、鹿児島天文館中央ビル地下1階鹿児島ユナイテッドカフェに集まり、講義が開始されました。これこそ、年に1回の「たこやき大学」開講です。

講師は鹿児島ユナイテッドカフェ店主の田仲さんとFMさつませんだい局長の上栫さんです.

鹿児島ユナイテッドカフェで2015ユナイテッドグッズを見てきた。

開講初めに配られたのは『折り紙』。それぞれ、好きな色の折り紙を手に取り、思い思いに折ります。できあがったのは、飛行機(二機),鶴(二匹),パックンチョ(一個),兜(一個?),トリケラトプス(一体)。。。

●講義テーマ

今回のテーマは『メディアと共同体』です。

共同体とは「これってこういうものだよね」ということを理解している人の集まりのことです。日本人の誰もが『折り紙』を手渡されると、何かひとつは折れる。これも、「折り紙ってこういうものだよね」ということを理解しているので、共同体として集まっているといえます。

メディアとは何かと何かを繋げる役割のことです。人と人であったり、情報と人であったり、ものと人であったりします。共同体と共同体であることもあります。とにかく、何かと何かを繋げる役割のことです。
ー参考図書ー
(想像の共同体)
著者について

 ベネディクト・アンダーソン 1936年、昆明に生まれる。1957年、ケンブリッジ大学卒業(古典)。1967年コーネル大学ph.D.、コーネル大学教授(政治学・アジア研究)をへて、現在名誉教授。(Amazonより引用)

●情報の価値と受診するための感覚について

◯写本と人の声とで情報が伝えられる。

かつて、情報の基盤が写本だった頃メディアは『聴覚』を使用し、大勢で共有していました。人の手で書かれた写本は活版印刷のような正確性は薄く、写本している本人の意思や字のきれいさなどがまばらでした。さらに、貴重でコストが高かったため、ある特定の人物が寺子屋などを使って、口頭で伝えていました。このため、当時のメディアは『聴覚』を使用していたと言えます。

◯お金で情報に価値を付ける。

印刷が生まれることによって、メディアは『視覚』に変化しました。さらに、誰もが情報を得ることができ、それを読むことが可能になったので、個人で消費することができるようになりました。さらに、印刷は写本と違い、全く同じものを何の脚色もなく得ることが可能になったのです。ここで、注意したいことがあります。それは、情報の大量生産が可能になったことです。そのため、文字に価値が生まれました。

そして、時代は映り、テレビやラジオが普及しました。人々はまた『聴覚』を使うようになったのです。その情報を共有することを可能にしたため、大勢での共有に戻りました。しばらくして、ラジオは衰退し、テレビはテロップが増えるようになりました。これは『視覚』に頼ってきたメディアとの融合だと考えられます。
◯情報が溢れ、価値が揺らぐ
現代はインターネットの時代へ。Youtubeやチャット、SNSなどが普及し、文字情報と映像・音声が融合している世界と言えます。テレビとの違いは圧倒的な情報量と情報を受信するだけでなく自ら情報を提供できる発信者となることが容易である点です。また、携帯電話の普及に伴い、カメラが普及したこともその一端を担っていると言えます。そして、インターネットの最も顕著な特徴は「メディアを介してコミュ二ケーション」を取れるということです。SNSや掲示板など、出会うはずも無かった人との出会いがそこにはあり、リアルとバーチャルの間のような世界でコミュニティが発達しているのです。そこで、個人での消費と大勢での消費を選択できるようになりました。
ー参考図書ー
(印刷という革命)
著者について

イギリスの歴史研究者、DPhil(オクスフォード大学)。セント・アンドルーズ大学の近代史教授で、専門は宗教改革および16世紀史。著書は他にThe Invention of News: How the world came to know about itself (Yale University Press, 2014)ほか。本書は、すぐれたルネサンス研究の歴史書に贈られるフィリス・グッドハート・ゴーダン賞を受賞、またニューヨーク・タイムズの「2010年注目の100冊」にも選ばれた。(Amazonより引用)

●価値について

◯一物一価は崩壊する。
現在はお金という物差しを持って、価値を決めています。しかし、このお金という価値は一定のようで、大きく変化しているとも考えられます。例えば、ノートを一冊買います。DA●SOに行けば、一冊108円で購入することができます。しかし、今、流行のマルシェにいくと、1300円のノートが売っています。これは、ワークショップなどで『「オリジナル」ノートをつくろう!』などという、企画で材料費込みの値段です。どちらも同じノートなのに、時間・一緒にいる人・タイミングによって、需要は変化します。切羽詰まった受験生の殴り書き用のスペリング帳なら、大量生産の安価なものでも構いません。しかし、初恋をした少女にとって、日記帳となりうるそのノートは厳選されたオリジナルのものでなければならないかもしれないのです。同じノートなのに、価値がここまで違う。ということは、お金の価値以外の価値が評価されてきたと考えられます。
ここで、注意しておきたいことは『マルシェ』と『DA●SO』のボーダーは意外にも薄いということです。今日はマルシェでかっこいい気分の自分がそこにいる。だから、今日はマルシェでノートを買う。でも、いつもはDA●SOのノートを買う。だって、安いからね。って、それくらいのものだということです。
◯求める価値。
人はどうして「オリジナル」を求めるのでしょうか。例えば、ここに大量の本があります。その中から読みたいものを厳選します。しかし、すぐにアクセスすることができることで、安心を感じます。結局、アクセスしないこともあります。そして、遠くにある貴重なものが欲しくなります。この世にひとつしか無い貴重な「オリジナル」が欲しくなるのです。
ー参考図書ー
(私の個人主義)
著者について
夏目漱石 1867〜1916 作家。本名金之助。江戸牛込の生まれ。東京大学英文科を卒業。1900年文部省留学生として渡英、帰国後東京大学にて「文学論」「十八世紀英文学」を講ずる。まもなく朝日新聞社に入り、以後多くの名作を残す。主著に『吾輩は猫である』『こころ』『明暗』など。(Amazonより引用)

●メディアの役割

メディアは情報を作り出すものではない。情報と人、人と人、情報と情報などを繋げる役割を担うものである。サイズ感(大きな店のPRには全国ネットのTVなどが適している。小さな家庭の事件にはうわさ話程度が適している)や人が介在すること(あの人の言うことだから。あの人がかっこいいからなど)に注目すると、小規模の共同体を大きくすることも、刺激を与えることも、新たな可能性を生み出すことも可能である。
◯共同体の新陳代謝を促す

共同体は生き物です。例えば、マル●ガーデンズにL●FTができるらしいです。そのためには既存の店舗は移動なり、消滅なりしていくわけです。これが共同体の新陳代謝です。例えば、「鹿児島にはL●FTがあったら、良いよね」という情報と「ニーズはマル●ガーデンズにあるよね」という情報を繋げることで、実現できたのかもしれません。このようなことはもっと小規模で行なわれているはずです。あの有名なあの人が来たらしい。それなら、◯◯をしたらいいよね、など。メディアは共同体の情報を繋げることにより、新陳代謝を活発にし成長を促すことができます。

◯今までに無い価値を提供する

共同体は同じ価値観で集まりやすいので、考え方が偏りがちです。その中で浸っている分にはとても居心地がよく、楽な気分でいられます。しかし、共同体とは偶然の産物なので、その中には違う共同体に興味がわく人も現れます。そして、その人の考えはその共同体の中では珍しい価値観になり得るというわけです。その人は違う価値と共同体を結ぶメディアとなります。そうすることで、共同体に刺激を与えることができます。

◯「かっこいい」「かわいい」を提案する

少し前に、ショ袋が女子高生のなかで大流行しました。有名ブランドのショップの紙袋(略してショ袋)を持っていることがステースだったことがあります。これを持っている女の子は「ステータスの高い、お洒落な娘」という見られ方がされたようです。ショ袋を貰うためにはそこのブランドの商品を買わなければなりません。そもそも、ブランドがとっても好きな娘とそうでない娘ははっきりしていたはずです。その間の「好きでも、嫌いでもない人」は紙袋欲しさに買ってしまうのです。ここでの、紙袋はメディアの役目を果たしたと言えるのではないでしょうか。

これは、サッカーや野球などのスポーツエンターテイメントでも応用が可能です。かっこいい選手のプロマイドやグッズは飛ぶように売れます。そして、スポーツがメディアとして介在することによって、スポーツを楽しむ人が増えるということが見込めます。

●補習授業

QとAの人物は互いに1人とは限りません。わかりやすくするために会話をQ&A形式にしてみました。

◯爪楊枝と綿棒の王国

Q:爪楊枝の箱の中に綿棒が一本だけ入っていたら、それは共同体と言えるのでしょうか?

A:爪楊枝が何で集まっているのかにもよります。棒の共同体なら、綿棒も細長い棒なので、共同体の一部です。しかし、木でできた4cmくらいの先端が鋭利になっているものの共同体なら、綿棒は棒部分がプラスチックで両端に綿を付けているので、共同体とは言えません。この場合、爪楊枝に取って綿棒は異質な存在です。

Q:では、爪楊枝の先端に綿を付けることが流行ったら?

A:共感者がいる時点で、そこには共同体が生まれています。なので、小規模の共同体となり得ます。また、「爪楊枝の先端に綿を付ける気は無いけど、それでも良いよね」という、共感者が表れた時、綿棒の存在はその共同体に受け入れられたことになります。

Q:綿棒が異質だった場合、綿棒のその後の所在はどうなるのでしょうか。
A:綿棒にしかわかりません。

◯人間文化と自然科学の違い

Q:人文学と自然科学の境界線は曖昧ですよね。

A:人文学は人が作り出したもので自然科学は自然が作り出したものです。そして、すべての学問の末端にあるものは哲学です。哲学は何故、今、ここにあるのか。を考える学問なので、すべての学問はここに行き着きます。

Q:ちなみに、心理学はどの辺りにいるのでしょうか。

A:自然科学がL字だとすると、その空間にあるものが人文だとします。その周りにあるのが哲学です。心理学は様々な側面を持っているので、人文からにょろっと自然科学に移行してきているのではないでしょうか。

Q:確かに、心理学は統計学だし、すべての学問は自然科学を目指しますもんね。

A:でも、人文の教科は必要だと思いますよ。

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おまけ
事象は偶然か必然かという議論はまとまらなかった。
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